岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)237号 判決 1969年6月02日
原告 日産カクタス石油株式会社
右代表者代表取締役 山下義一
右訴訟代理人弁護士 松岡一章
同 服部忠文
被告 有限会社備南石油
右代表者代表取締役 細川文七
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 田淵洋海
同 吉田幸次郎
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは各自、原告に対し、プロパンガス用一〇キログラム入ボンベ容器(容器証明書付きのもの)七〇〇本を引渡せ。もし右引渡ができないときは、被告らは各自、原告に対し、一六一万円を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
一、原告は昭和三九年一月二〇日に、被告有限会社備南石油との間で、原告が昭和三七年九月から同三九年一月二〇日までに、継続して売渡した石油製品につき、右被告会社が原告に対して支払うべきその代金債務中一四〇万円を消費貸借の目的とし、その履行期を昭和四九年一月二〇日と定め、かつ、同会社がその間無断で営業を休廃業した場合には、当然右期限の利益を失い、ただちに弁済すべき旨の約を結び、併せて同会社は右約旨による原告の債権を担保するため、原告に対して、その所有にかかるプロパンガス用一〇キログラム入ボンベ容器(容器証明書付きのもの)七〇〇本を一括して譲渡し、原告はこれを同会社に無償で使用させる旨約し、同会社は爾后右物件を原告のために占有すべき旨の意思を表示した。
二、前記担保契約の趣旨とするところは、被告有限会社備南石油の営業用在庫品たる個々のボンベ容器を個別に共同担保の目的とするのではなく、七〇〇本を一括して一個の集合動産とみて、これを担保の目的としたのであって、同社の営業の過程において必然的に生ずる構成部分の変動、たとえば耐用年数を経過して処分され、あるいはその補充として新たに購入される等個々の容器につき担保権の及ぶ範囲からの離脱や、これへの組入等の変動を予定し、それにも拘わらず、その集合の総体において一個の担保物として取り扱うものである。
三、右被告会社は、昭和四一年二月一日頃、前記約旨に反して、原告に無断でその営業を休廃業したから、約定にしたがって、同会社は期限の利益を失い、履行遅滞に陥った。
四、よって原告は前記約旨による担保権を実行するために、本件物件の引渡を受ける要あるところ、右被告会社と同一場所で同種の営業をしている被告株式会社細川石油店は右被告会社の本件物件を含む同種ボンベ容器一六〇〇本を、これと共同して占有している。
五、そこで原告は被告ら各自に対し、本件物件の引渡を求むべく、もし引渡ができないときは、その一本当りの単価が二三〇〇円であるから、七〇〇本分合計一六一万円の支払を求める。
被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり答えた。
一、原告主張の請求原因一、三、四の事実については、担保に供したボンベ容器が容器証明書付きのものであったとの事実を否認し、その余の事実を認める(ただし、被告らが現に占有しているボンベの数量は一四〇〇本である。)。
二、同二の事実は争う。原告主張の本件契約は、原告において、親会社の監査が厳しくなったから、形だけでも担保を供してもらいたい旨懇請したため締結されたもので、かかる事情からボンベ容器を担保として提供するについても、ただその本数を定めた程度にすぎず、当時被告有限会社備南石油の占有使用していたボンベ容器は、その所有にかかるもののほか、他から借りたものもあったが、それらの中から右約定本数を具体的に特定する措置は講じなかったし、また原告主張の構成部分の変動についても当事者間になんら具体的意思の合致をみたわけではなく、したがって、それが総体において一個の担保物として取り扱われる筈のものでもない。
三、同五の事実は争う。容器証明書付きでないボンベ容器の一本当り単価は三〇〇円である。
立証≪省略≫
理由
原告主張の請求原因一の事実は、担保物件が容器証明書付きのものであるとの点を除き当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫を綜合すれば、本件契約締結のさい、当事者双方のその衝にあたった原告側皆見鍛造等と被告側細川文七との間では、もっぱら被担保債権額に見合う担保価値の把握という点に重点がおかれ、担保に供しようとするボンベ容器は、その使用期間の長短に応じて個々の時価も異り、耐用年数を経過したものは順次新しいものと取り替えられてゆくが、容器証明書付きの一本あたりの時価をおしなべて二〇〇〇円と評価し、被担保債権が一四〇万円であるところから、七〇〇本という本数を算出したうえ、被告有限会社備南石油所有の営業用動産たるボンベ容器中右数量の限度で、これを一括して担保権の目的物件とすることにした事実を認めることができ(る)。≪証拠判断省略≫右事実によれば、本件契約を締結した当事者の意思は、目的物件の個々の個性に着目することなく、営業の過程にしたがって必然的に生ずる個々の物件の離脱組入等の変動にも拘わらず、約定本数の限度で集合動産それ自体のうえに一個の担保権を設定する趣旨であったとみるのが相当である。
企業に属する個々の動産が不動産や他の動産等とその効用において一体として組織されていない場合でも、これら動産の集合したものが、他と区別することができ、経営活動の過程にしたがって、その構成部分に変動が生ずることがあっても、その総体において、社会通念上同一性を保持していると観念できるときには、わが国の現行法制が動産抵当制度による金融の途を拓いていない点に鑑み、かかる集合動産の総体自体を、その構成部分と離れて譲渡担保の目的となしうると考えられるところ、これを本件について観るに、前顕各証拠によれば前記皆見、細川等は被告有限会社備南石油が当時、所有していたボンベ容器の数量を正確に把握しておらず、かつ、これらボンベ容器は一定の場所に他と区別して認識しうるような方法で置かれているわけではなく、その大部分は顧客たるプロパンガス需要者の各家庭に散在し、需要者の増減変更に応じて変動するのみならず、そのうちには他から借り受けていた同種のボンベ容器も混在している状況であったのに、漫然と本数のみを定めた程度で、さらに進んで約旨の本数分を他と区別し、特定するための話合をせず、また、その措置をも講じようとしないままに推移したことが認められる。そうしてみると、本件契約を締結した当事者の意思が、さきに認定したとおりであっても、その目的に供されているボンベ容器七〇〇本は、他のそれと未だ区別されておらず、またその総体において社会通念上同一性を保持したまとまった集合動産として認識しうる程度に達しているとは言い難いから、かかる契約に所期の効果をそのまま与えるわけにはいかない。もっともだからといって、本件契約が全く無効というわけではなく、当事者間において、目的物件がまとまった一つの集合動産それ自体として前記説示の資格を備えるにいたれば、これをまってはじめて本件契約は担保契約として本来の効力を有することになると考えられ、この点についての主張立証のない本件においては、爾余の判断をもちいるまでもなく、本訴各請求を失当として棄却すべきものである。
よって民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 裾分一立)